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物語論から「艦これアニメ」を見る

久し振りの投稿は技術論ではなく物語論です。最近、創作論や物語論に関する書籍を読んで居るので、先日に最終話を迎えた「艦これアニメ」を題材に、同作品を物語論の観点から見てみましょう。

ヒーローズ・ジャーニー

ボグラーの「神話の法則」によると、物語は以下の構造に従って展開されます。

  • 日常
  • 冒険への誘い
  • 冒険の拒絶
  • 賢者との出会い
  • 第一関門突破
  • テスト/仲間/敵対者
  • 危険な場所への接近
  • 最大の試練
  • 報酬
  • 帰路
  • 再生
  • 帰還

これを艦これの各話ごとに見ると以下の様になります。

話数 ヒーローズ・ジャーニー 概要
1 日常、冒険への誘い、冒険の拒絶 初出撃
2 賢者との出会い 訓練
3 第一関門突破 敵の初撃破、如月の死
4 金剛との出会い
5 テスト/仲間/敵対者 旗艦を務める
6 カレー
7 五航戦
8 戦艦大和
9 旗艦解任、鎮守府の襲撃
10 最大の試練、報酬 吹雪改
11 MI作戦
12 帰路? 帰還 帰投

第六話から第九話までのエピソードは、ヒーローズ・ジャーニーのどのくだりにも当てはまりません。また、「危険な場所への接近」に該当する回がなく、結果としてストーリーの大きな軸がありません。

それでは詳細を見ていきましょう。

日常、冒険への誘い、冒険の拒絶

第一話は日常、冒険への誘い、冒険の拒絶のくだりとなって居ます。

主人公たる吹雪は着任早々、僚艦たる睦月に鎮守府を案内されますが、これは日常のくだりです。鎮守府の平穏な光景を視聴者に見せるためでしょう。

次に冒険への誘いですが、これは出撃命令がに該当します。

通常の物語では、ここで主人公が冒険に出るのを拒絶するわけですが、アニメ艦これでは主人公では始終怖気づいた様子(実戦経験がゼロであるから)を示すことで、その拒絶のくだりを示して居ます。

賢者との出会い

物語論では主人公はこの段階で冒険に出るための力を授かります。

二話は吹雪の訓練が主たるエピソードですがこれが賢者との出会いです。吹雪は川内達から徹底的にしごかれることで、少なくとも戦闘に出られる様になります。ここでの川内は明らかに賢者、贈与者の役割を果たして居ます。吹雪は川内達より「水雷魂」を与えられたわけです。

第一関門突破

力を授かった主人公が最初の敵を撃破して、本格的な冒険に出るくだりです。

第一関門突破は本作品では三話が該当します。力を手に入れた吹雪が、睦月を守り見事に敵を撃滅するくだりがそれです。

テスト、仲間、敵対者

物語論では主人公と対峙する敵対者が示されて、その敵対者に立ち向かう仲間をも示される段階です。

艦これでは敵対者は一話の時点から示された状態です。混合艦隊に配属された吹雪が仲間達をまとめていく第五話は、テスト/仲間のくだりに該当します。テストは吹雪が旗艦を務めること、仲間は金剛や加賀をはじめとする個性的な面々です。

危険な場所への接近、最大の試練、報酬

通常の物語では「危険な場所」(主人公達が目的を達するために到達すべき場所)が登場人物に示されて、主人公達はそこに向かいます。そして、向かった先に主人公の最大の試練があるわけです。どの作品でもここを丁寧に描きます。

艦これアニメには「危険な場所への接近」に該当するくだりはありません。この辺りで主人公の外的な目的(後述します)が明かにされるはずですが、それが明示されなかったのが本作品です。これは「起承転結」の「承」にあたるところがないわけですから、実に致命的であります。

第九話と第十話とは明かに最大の試練です。ただし、危険な場所への接近がありませんからやや唐突な感が否めません。吹雪は練度を高めたいがために戦闘で無謀な行為をして死にかけます。そして、最大の試練の山場は赤城と加賀とによる訓練です。吹雪はこの訓練を見事に耐え抜き、「改」となり赤城の護衛艦となれたという報酬を手にします。

帰路、再生

試練を果たした主人公が元の場所に戻るくだりで、ここで激しい逃亡劇となることもあります。

艦これでは、ややこしいですが帰路は第十一話から第十二話のMI作戦が該当すると思われます。元の場所を作戦が終了した状態と見なし、撃ち逃した隻眼の空母との掛け合いを逃亡劇として見なせば、このくだりを帰路と解釈できなくもないでしょう。

帰還

一回り成長した主人公が宝を持って帰還するくだりです。

第十二話における敵を見事撃滅して睦月が待つ鎮守府に帰投する流れは典型的な帰還のくだりです。宝は全員の無事が該当しましょうか。

外的な目的と内的な欲求

物語は外的な目的と内的な欲求とを巡って展開していきます。

外的な目的は観客にわかりやすく示される事件とその解決です。一例として、ミステリーでは冒頭に起きる殺人事件の解決がこれに該当します。外的な目的を提示する前にきっかけとなる事件があり、視聴者は主人公がそれを解決してくれることを期待するわけです。この外的な目的は別の外的な目的に交換可能である必要があります。

内的な欲求は文字通り主人公が実現したい欲求(大抵は自己実現など)です。外的な目的が設定されて初めて主人公はこの内的な欲求を達成しようと行動を起こします。

内的な欲求はわかりやすい

艦これアニメでは内的な欲求はわかりやすいでしょう。吹雪は赤城の護衛艦を務めたいという願いを持っています。もう少し抽象化すれば「仲間を守りたい」という極めて王道的なものです。この内的な欲求は、先程も示した様に第十話において彼女が改になり、赤城の随伴艦になるということで概ね達せられたと言えましょう。

不明確な外的な目的

しかし、外的な目的は不明確です。もちろんエピソードレベルでは、出撃命令が下って敵を倒すという外的な目的が設定されて居ますが、ストーリーレベルではよくわかりません。この作品の脚本家は見えない力(史実)に抗うことを外的な目的に据えたかった様にも見えますが、それが明かにされるのが第十一話と終盤もいいところです。

「外的な目的は観客に識別できるものでなければならない」(「ハリウッド脚本術」、P57)にある通り、この外的な目的は序盤のうちに明示しなければ、視聴者は登場人物が何故行動しているのかが判らなくなり困惑してしまいます。

また、この外的な目的の欠如は起承転結の承を欠いたという結果も招いてしまいました。

キャラクター

今度はキャラクターを見てみましょう。「神話の法則」によれば、各登場人物は以下の属性を持っています。

この類型を艦これアニメで見ると以下の様になります。

ヒーロー

もちろん吹雪が該当します。

水雷魂を授けた賢者

主人公に冒険に出るための力や知恵を与えてくれる存在です。第二話で吹雪を訓練して「水雷魂」を与えてくれた川内達が該当します。

使者は秘書艦

冒険に出立する時が来たことを伝える存在です。探偵小説などで主人公である探偵に事件捜査を依頼してくるクライアントがその典型例です。この作品では有事であることを伝える存在が該当しますから、出撃命令を下す秘書艦(長門や陸奥)がそれでしょう。

境界は一人前になったかどうか

門番はこちら側とあちら側との世界の境界守です。最初に登場する雑魚敵に該当します。

艦これでは第三話の深海棲艦が該当します。吹雪はこの敵を見事打ち破ったことで、漸く「普通の少女」から「艦娘」になったと言えます。本作では、海と陸、平和と有事といったものではなく、艦娘として一人前になったかどうかが境界として設定されて居たと解釈できます。

シャドウが居ない

シャドウはヒーローより一足先にヒーローとは正反対の自己実現をなした登場人物でもあります。通常の作品ではヒーローとシャドウとの対立や戦いが作品の中核を成します。「シャドウ」は「敵対者」と同一である必要はありません。

しかし、艦これではこれが不明確です。深海棲艦は「シャドウ」と言えるほどの役目はありません。もちろん、深海棲艦は「敵対者」の役目を持っているわけですが、敵対者はなるたけ主人公の持つ外的な目的と相入れない目的を持っていなければなりません。相入れない目的があるからこそ対立が生じて話が動くのです。本作品の深海棲艦はそれが全く明示されませんでした。本作品の深海棲艦は敵と言えば敵ですが、「通り魔的な敵対者」の役廻りに終始して居ます。

変化するものも居ない

変化するものは原典でも説明が不明瞭ですが、時や状況に応じて(作者の都合に良い様に)敵になったり味方になったりと摑みどころのない人物として描かれます。

艦これではこれに該当する人物は居ません。本作品の司令官は掴みどころのない存在でしたが、それは姿形を全く見せないのですから当然で、司令官を変化するものと見なすのは無理があります。

トリックスターとしての金剛

道化師ですからギャグ要員を兼ねる存在です。常識に囚われずに行動したり考えたりしますので、それが結果的に状況を大きく変える存在にもなります。

本作品では第四話から第五話における金剛がその役目を果たしたと言えます(混合艦隊の旗艦に駆逐艦たる吹雪を推薦するといった行為。結果吹雪はさらに成長した)。しかしながら、ストーリーレベルではトリックスターの役廻りを充分に果たせて居ません。終盤でも型に囚われない発想を吹雪に提示して、吹雪がそれに基づいて難局を打破する場面があれば、さらに良きトリックスターになれたでしょう。

まとめ

以上、長々と書きましたが、本作品では次の三つのことが指摘できます。作品の大きな軸として配置されるべきものが、ことごとく欠如して居たことがわかります。これでは脚本家は羅針盤を廻してストーリーを決めたと揶揄されるのも仕方がありません。

  • 危険な場所への接近がない
  • シャドウの不在
  • 外的な目的が不明確

危険な場所への接近の欠如が、承の欠如を招いた

先述した様に主人公達はどこに向かって何をすべきなのかが欠いて居た、正確にはそれが明かにされるのが終盤であったのが本作品の特徴です。このため、物語論における危険な場所への接近に該当するくだりはないという状態になりました。

第一関門突破、テスト/仲間/敵対者までのくだりは筋が通って居ました。しかし、それ以降は起承転結の承、序破急の破を欠いて居た状態でありますから、創作としては実に致命的な出来となったわけです。

シャドウの不在

主人公の自己実現を邪魔する存在、或いは主人公が望むものとは正反対の方向に実現した存在が不明確でした。もちろん、言うまでもなくヒーローの心の中にもシャドウは潜みますが、本作品ではそれもあまり明示されて居らず、結果的にその葛藤が見えません。シャドウが不在であることは、ストーリーの大事な軸の一つがなかったことになります。

全ての原因は外的な目的の遅すぎた明示

上述の二つが発生したのは、外的な目的の明示が遅すぎたことに原因があると考えられます。外的な目的は終盤まで明かされなかったため、主人公達が何のために戦っているなのかわからない状態を視聴者に見せてしまいました。まるで1984年の永遠の戦争状態を見て居るかのごとくです。

見えない力(史実)に抗うというの外的な目的であれば、それを早い段階で視聴者に明示せねばなりません。最初は謎めいていても、遅くともテスト/仲間/敵対者のくだりのところまでには、それをはっきりさせるべきです。

如月の死について

睦月の親友である如月の死はこの見えない力の伏線の一部として配置されたのでしょう。しかしながら、その死は外的な目的を示すことの役割をしっかりと果たせて居ませんし、ヒーローズ・ジャーニーの観点からも大きな役割を果たして居ません。結果的に如月の死は明かに意味のない死となってしまいました。

最後に

物語論を墨守することが良作や名作の条件とは限りません(逸脱しても尚、面白いと思える作品は名作となって歴史に名を刻みます)。ただ、その物語論から大きく逸脱した作品は大抵よろしくないものでしょうし、本作もその一例です。続編があるそうなので、その続編には期待をしたいところです。

参考文献

  • 『キャラクターメーカー 6つの理論とワークショップで学ぶ「つくり方」』(アスキー新書)
  • 『ストーリーメーカー 創作のための物語論』(星海社新書)
  • 『ハリウッド脚本術』(フィルムアート社)