「ガルパンはいいぞ!」な物語論
劇場版ガールズ&パンツァーのBlu-rayが発売されました。自分は立川の爆音上映を何度か観ましたが、あの重低音は素晴らしいものですね。さて、例によって、このガールズ&パンツァー劇場版を物語論の観点から解釈しましょう。
ヒーローズ・ジャーニー
まずはストーリーをヒーローズ・ジャーニーの観点から見ていきます。
日常
日常のくだりはエキシビジョン・マッチです。「日常」は主人公達の日常を示しつつ、その作品世界がどういった世界であるかを示すわけですが、ガルパン劇場版では「戦車道とはどういったもの」なのかを描きます。また、初端から見せ場にすることで、鑑賞者を作品世界に引き込むための演出上の役割も与えられています。
冒険への誘い・拒絶
「冒険への誘い」は主人公達が過ごす「日常」が崩れ去るくだりになります。
劇場版では学校が閉鎖されているところで全員が困惑している最中に「大洗女子学園が廃校になった」と文科省の役人に告げられる場面が該当します。
この唐突な廃校措置に一同は抗議します。冗談めいて話す生徒から、学校に立て籠もると叫ぶ生徒まで。これは「冒険への誘い」に対しての彼女達なりの「拒絶」のくだりです。
しかし、彼女達は決定に渋々従わざるを得ない状況でした。さらには彼らの力の源である戦車も一時的に引き離されることになります。
賢者との出会い・第一関門突破
陸上の廃校を一時的な宿代わりにする西住みほ達。廃校になって放り出され、転校先が決まるまでの逗留先が廃校とはとんでもない当てつけです。
ここで戦車がサンダース学園によって返される場面があります。ここは贈与者との出会いのくだりそのものです。贈与者とは主人公達が冒険に出るための力を授ける役廻りです。
通常、既に力を持った主人公の場合、贈与者との出会いは省略されることも珍しくはありません。しかし、劇場版では「廃校に伴い戦車も文科省預かりになる」ということを利用して、贈与者との出会いを巧みに演出しています。
次に生徒会長たる角谷が廃校撤回の約束を取り付けるために精力的に動き廻ります。そして、その約束と履行条件を取り付けて旧上岡小学校に戻ります。そこで戦車道チームを全員集めて、その内容を話します。
ここのくだりは主人公(西住みほ)と賢者との出会いです。賢者は主人公が冒険に出るための知識を授ける役廻りであり、贈与者と同一であることも多いです。賢者である角谷は、西住みほ達が何をすべきかを示します。それは「大学選抜チームと試合して勝つこと」でした。
テスト・仲間・敵対者
西住みほ達は島田愛里寿率いる大学選抜チームと戦うことになります。八輌対三十輌で殲滅戦という圧倒的不利な状況です。総勢百名は超えるであろう大学選抜チームが居並んでいる光景は絶望そのものです。
試合開始直前の挨拶に「仲間」が登場します。姉のまほ達を始め、みほ達が今まで戦ってきた高校の面々が仲間として加わります。
言うまでもなく、ここが仲間・敵対者のくだりです。
しかし、数の上で互角になったとは言え、やはり大学選抜チームの技量と経験は総合的にはみほ達より上です。相手の巧みな戦術とカールの砲撃とにより、プラウダ高校・黒森峰高校から脱落者が早々に出てしまいます。
カールを倒すために急遽小隊が編成されて派遣されます。ここでバレー部チーム発案の作戦により無事にカールを屠ることに成功しますが、ここで継続高校が戦列から離れてしまいました。
ここまでのくだりが仲間達に対するテストであり、やられてしまい戦列を離れることになった車輌が予想以上に出ました。特にプラウダ高校は隊長カチューシャを残して全滅という大きな被害です。
危険な場所への接近・複雑化
ここから大洗女子学園チームは廃遊園地に向かい態勢を立て直します。この廃遊園地を決戦の場とするわけです。ここから決戦に持ち込まれるまでの時間的な流れが「危険な場所への接近」です。
市街は複雑な地形です。西住みほ達は、アンツィオ高校がジェットコースターレール上から偵察することでその複雑さを克服します。
一時的に追い詰められますが、一年生さんチームの機転により窮地を脱出。その後は、巧みに奇策を駆使していくことで大学選抜チームの戦車を着実に撃破していきます。
これに対抗するため中隊長達が連携して動き始めると、技量は彼女らが上ですから高校チームの車輌はどんどん撃破されていきます。そして、遂には島田愛里寿も戦列に加わり、西住みほ達は一気に劣勢に立たされていきます。ここの中隊長の連携や島田愛里寿の参戦は複雑化のくだりでしょう。
最大の試練
いよいよ決戦です。決戦の場となった中央広場に到着できたときは両陣営とも大きく数を減らしていました。大洗側は西住姉妹の二輌、大学側は島田愛里寿と二人の中隊長の三輌のみです。
中隊長車は西住姉妹により無事に撃破できましたが、島田車はなかなか撃破できません。島田愛里寿により西住みほが撃破されそうになりますが、ボコのコイン式電動遊具が島田車を横切り島田本人の僅かな逡巡により危機を脱します。そして、最後は姉妹の連携で無事に彼女を撃破できました。
報酬
最大の試練を突破した大洗女子学園チームには報酬が与えられます。
廃校は今度こそ撤回です。これは外的な報酬です。
西住みほのもとに島田アリスがやってきて、ボコのぬいぐるみを手渡します。これは西住みほの個人的な報酬です。
帰路・再生
試合を終えて帰路に着く彼女達。「帰路」というのは試練を終えて戻るべき場所に戻るくだりです。ここは激しい逃亡劇(一例として「残党が追ってくる」「崩れゆく魔王城の脱出」)になり、手に汗握る場面にされることも多いですが、劇場版では帰路のくだりは平和なものです。
次に再生のくだりになります。再生というのは主人公が決意を新たにするなど新しい自分に生まれ変わるくだりです。
ここでは帰路の途中で睡眠を取っているチームに注目しましょう。帰路では、
- カシューシャ:仲間を全員失ったが諦めずに戦い抜いた。
- 一年生さんチーム:自分なりの戦い方を実践した。
- 知波単学園:伝統の突撃だけに頼らない戦術を会得した。
がそれはもう気持ちよさそうに寝ています。上記に共通するのは今回の試合を通じて大きく成長したということです。成長して新たな自分になろうとする再生のくだりを、睡眠という形で表現したと解釈できます。
また、物理的な再生も見逃せません。廃館寸前のボコミュージアムが新装されていますが、これも立派な再生です*1。
帰還
さて、大洗港に到着したフェリーから大洗女子学園の学園艦が停泊しているのが見えます。守り抜いた故郷に英雄達の凱旋するところで物語は終ります。
以上、ストーリーは緻密なヒーローズ・ジャーニーであることがわかりました。
キャラクター
続いて誰がどの役回りに該当するか見ていきましょう。
ヒーロー
西住みほです。
贈与者
サンダース学園のケイ達です。贈与者とは主人公達が冒険に出るための力を授ける役廻りです。先程も述べた様に「廃校に伴い戦車も文科省預かりになる」ということを利用して、贈与者との出会いを巧みに演出しています。
賢者と門番
賢者は角谷生徒会長が該当します。ガルパン劇場版での賢者はやや特殊です。ガルパンは言うまでもなく戦車を使ったお話です。角谷生徒会長は戦車に関しては賢者になり得ません。大洗では実技面で西住みほ、知識面で秋山殿が戦車道の賢者になります。
ただ、角谷は政治的な立ち回りをすることに秀でています。この立ち回りは誰もできません。西住みほも政治的な面では何の力を発揮できません。
彼女はガールズ&パンツァーの中では異色ですが政治的な立ち回りで賢者を演じました。
門番は最初の雑魚敵として描かれることも多いです。冒険を出るための力を授かった主人公が最初に倒す敵です。
さて、ガルパンでは門番は特殊で文科省の役人です。ただし、戦車道における門番ではなくて、政治的な門番です。角谷生徒会長は、門番(文科省の役人)を倒すことで、廃校の一時留保を得ることになりました。
視点を入れ替えると賢者と門番は複雑
ここで視点を整理してみましょう。西住みほの視点に立つならば賢者は角谷会長です。そして、賢者がみほ達の前に現れたとき門番は既に倒されていた(廃校撤回の履行条件を取り付けていた)状態です。
この門番の存在はむしろ角谷会長のみが相手した存在です。角谷会長の視点に立つと、別の賢者として戦車道連盟の会長や西住流家元が存在します。角谷会長は、彼らの権威という力を利用して、門番を倒したということになります。そもそも、角谷会長は自らを賢者とは思っていないでしょう。そのために戦車道連盟という権威を積極的に利用したわけです。
ただ、今回は全体のストーリー(神の視点に立って)、賢者を角谷会長、門番を文科省の役人と解釈します。
敵対者とシャドウ
島田愛里寿が敵対者の役回りです。
シャドウは不在
シャドウは主人公とは一歩先に正反対の自己実現をなしえた役回りです。テレビ版では主人公は西住みほ(仲間を見捨てない戦車道を確立中)に対して、シャドウは西住まほ(仲間の犠牲も時には止むを得ないとする戦車道である「西住流」を確立済み)でした。
ただ、島田愛里寿はシャドウとはなりえません。集団で押す傾向にある西住流と、個人で戦う傾向にある島田流などの対比はありましたが、対比のみではシャドウにはなりません。
これは島田愛里寿の掘り下げがさほどされなかった所為もあります。そもそも、既に力と自分なりの哲学を手に入れた人物が主人公の場合、主人公が既に自己実現をなしえているためシャドウは出しづらくなります。
変化するもの
該当するのは継続高校、特にミカです。変化するものはつかみ所がありません。そして、都合のよい時に味方にも敵にもなる存在です。ミカはこの条件をよく満たしています。
トリックスター
知波単学園の面々が該当します。トリックスターは道化師(ギャグ要員)を演じることがあります。そして、普通の人間ではやれないことをやってのける存在でもあります。
知波単学園の彼女達はすぐに突撃したがり、味方の戦局を笑劇的に悪化させるなどの、見事な道化師を演じます。
ただ、トリックスターは普通ではやれないことをやってのける、つまり奇策をやってのける必要があります。劇中で彼女らが考案して実行した戦術はひときわ異色なものでした。
アンツィオ高校のドゥーチェ達もトリックスターの一員として加えられなくはないですが、彼女達は道化師としての側面が強調され過ぎています。豆タンクの水切りという違った方向での奇策をやってのけますが、全体のストーリーの絡み度合いも考えると、今回は知波単学園に軍配が上がります。
劇場版では各キャラクターが機能よく配置されています。
結論
長々と解説しましたが、ストーリーも緻密に作られ、キャラクターも一人ひとり魅力的に作られていることがわかりました。
Blu-rayが発売されたのに拘わらず、未だに劇場が満席が御礼となるおかしい状態です。何れにせよ本記事で言いたいことは「ガルパンはいいぞ!」です。まだ観られていない方も観られた方も、この物語論を頭の片隅に留めながら鑑賞してみれば、新たな「ガルパンはいいぞ!」を発見できるかもしれません。
*1:劇中では大学チームが試合に勝ったら島田家がスポンサーになるという条件でしたが、負けてもスポンサーになってくれた母親はとても優しい。一日で改装はできないでしょうから、試合開始前から手を廻していたのでしょうか?